スィーピャン—油が戻る瞬間、ミャンマーカレーは完成する

ヤンゴンの屋台でスィーピャンを仕上げるミャンマー人女性

ヤンゴンの食堂でチキンカレーを頼むと、皿の縁に赤い油が浮いている。

最初に気づくのはその色だ。インドのカレーとも、タイのゲーンとも違う。濃い赤みがかった油が料理の表面に分離して浮き、鶏肉とトマトと玉ねぎがその中に沈んでいる。脂っこい、という印象が最初に来る。でも食べると旨い。

この「浮いた油」はミスではない。完成のサインだ。


スィーピャンとは何か

ミャンマー語で「スィー(Si)」は油、「ビャン(Pyan)」は戻る・返るを意味する。直訳すると「油が戻る」。

調理の過程で水分と混ざり合っていた油が、水分が蒸発することによって再び表面に「戻ってくる」状態を指す言葉だ。ミャンマーのカレー(ヒン)を作る際、玉ねぎ・生姜・ニンニク・スパイスをピーナッツ油で長時間炒め続ける。やがて水分が飛び、スパイスが油に溶け込み、赤みがかった油が表面に分離して浮き上がってくる。

この瞬間が完成の合図だ。

スィーピャンはミャンマー料理における「完成の定義」そのものだ。油が戻っていなければ、どれだけ時間をかけても料理はまだ途中にある。油が戻ったとき、初めて鍋を火から下ろすことができる。


インドのタルカ/バガールとの対比—途中か、完成か

スパイスを油で炒めて水分を飛ばすという技法は、インド料理にも存在する。タルカ・バガール(Tarka/Baghar)とも呼ばれるこの工程、あるいはブナ(Bhuna)と呼ばれる炒め煮のスタイルでは、タマネギ・トマト・スパイスを油で炒め、油が分離して浮いてきたら「スパイスの生臭さが消えて旨味が凝縮した」という合図になる。

ただしこの工程とミャンマーのスィーピャンには、決定的な違いがある。

インドのタルカ・バガールは「プロセスの途中」だ。油が分離した後、水やヨーグルトを加えてさらに煮込んでいく。油の分離はカレーのベースを作るための中間点であり、そこから先に料理は続く。

ミャンマーのスィーピャンは「完成形」だ。油が表面を覆った状態のまま食卓に並ぶ。浮いた油は取り除くものではなく、料理の一部として、あるいは白米にかけて食べるものとして提供される。

同じ「油の分離」を指標にしながら、インドではそこから先へ進み、ミャンマーではそこで止まる。この違いがそのまま二つの食文化の哲学の違いだ。

ここで興味深い事実がある。ミャンマーでは、インドのスパイスを多用するスタイルのヒンを「カラーヒン(ကုလားဟင်း)」と別名で呼ぶ。「カラー」はインド人・外来のものを意味する言葉で、スパイスの種類が多いヒンを「外来のもの」として区別しているのだ。ミャンマーの標準的なヒンはスパイスを抑えた独自のスタイルであり、インド風のスパイス多用は「よそのもの」という意識がある。これは「インドとも東南アジアとも異なる境界線上の料理」というスィーピャンの本質を、ミャンマー人自身が言葉で証明していることになる。


香味油として食べる

スィーピャンで浮き上がる油は、単なる植物油ではない。

調理の過程でターメリック・パプリカ・玉ねぎ・ニンニク・生姜の香りと旨味が溶け込み、肉を加えた後は肉汁と脂も混ざり合う。最終的に表面に浮く油は、スパイスと肉の旨味が凝縮した「濃厚な香味油」だ。

ミャンマーの人はこの油を、具材と一緒に食べる。あるいは白米にかけて混ぜて食べる。日本人が特製ラー油を麺に絡めて食べる感覚に近い。油そのものが調味料であり、料理の核だ。

インド料理ではスパイスがソースを作り、そのソースで肉や野菜を煮込む。ミャンマー料理では油がソースになり、その油の中に具材が存在する。「油の中で調味料を育てていく」という表現がスィーピャンの本質を最もよく言い表している。


なぜミャンマーで油が豊かさの象徴になったのか

ミャンマーでは伝統的に「油をたっぷり使うこと」が豊かさとおもてなしの証明だ。油が浮いていればいるほど「ケチらずに良い素材を使っている」という証明になり、祝いの席や来客時の料理ほど油の量が増える。

この価値観には複数の背景がある。

まず保存性だ。ミャンマーは高温多湿な熱帯の国だ。冷蔵庫が普及する前、料理を長持ちさせるために油の膜で空気を遮断し、菌の繁殖を抑えるという知恵があった。水分を完全に飛ばして油の中に具材を閉じ込めることで、常温でも数日間保存できる。スィーピャンは美味しさの技法であると同時に、熱帯での保存の知恵でもある。

次にエネルギー補給だ。ミャンマーは世界でも有数のコメ消費国だ。油をたっぷり使った塩気の強いヒンは、少量で大量の白米を食べることができる「究極のご飯の友」として機能する。油の旨味をご飯に混ぜて食べることで、効率的にエネルギーを摂取できる。

そして地政学的な影響だ。ミャンマーはインドと中国という、油を多用する二大食文化に挟まれている。インドからはスパイスを油で炒めて香りを引き出す技法が、中国からは炒め物や油通しの技法が流入した。これらが融合し、独自の「油リッチ」な食文化が形成された。


ヒンとスィーピャンの関係

スィーピャンは料理名ではなく調理状態の名前だ。ミャンマーの煮込み料理「ヒン(hin)」を作る際に油が分離して完成に至る状態を指す。つまりヒンという料理カテゴリー自体がスィーピャンを前提としており、ヒンと名のつくものはほぼ全てこの技法を経ている。

ただし例外もある。「シーレー・イェーレー」と呼ばれる水分を残したスタイルのヒンはスィーピャンを完成まで行わない。ミャンマーのヒンは大きく二つに分類できる。

ヒン
 ├ スィーピャン(水分を完全に飛ばす)→ 大多数
 └ シーレー・イェーレー(水分を残す)→ 一部

スィーピャンで仕上げるヒンの主な種類は以下の通りだ。

肉系

チェッター・ヒン(ကြက်သားဟင်း)は鶏肉のヒンで、ミャンマーの食堂に必ずある最もポピュラーな一品だ。ウェッタ・ヒン(ဝက်သားဟင်း)は豚肉のヒンで、仏教徒の家庭料理の代表として日常食に深く根づいている。アメッタ・ヒン(အမဲသားဟင်း)は牛肉、セイッター・ヒン(ဆိတ်သားဟင်း)はヤギ肉、シャベッ・ヒン(ချိုင်းဟင်း)は鴨肉のヒンだ。

魚介系

ンガー・ヒン(ငါးဟင်း)は淡水魚のヒンで、魚醤(ンガピャーイェ)との組み合わせがミャンマー固有の旨味を生む。バズン・ヒン(ပုဇွန်ဟင်း)は海老のヒンで、チキンより値が張るため祝いの席に出される。ガン・ヒン(ကန်းဟင်း)は蟹のヒンだ。

野菜・豆系

ペー・ヒン(ပဲဟင်း)は豆のヒンで、断食に相当する宗教的な制限がある日に食べられる菜食料理だ。

インド風(外来)

カラーヒン(ကုလားဟင်း)はスパイスを多用するインド風のヒンだ。「カラー」はインド人・外来のものを意味し、標準的なミャンマーのヒンとは区別される。ミャンマーの標準的なヒンはスパイスを抑えた独自のスタイルであり、スパイス多用のインド風を「よそのもの」として別名で呼ぶ—この命名自体が、ミャンマー料理がインドとは別の体系として自立していることを示している。

スィーピャンという技法は、ミャンマーがどこに位置しているかを料理として体現している。

インドのスパイス体系を継承しながら、東南アジアの魚醤と発酵食材を取り込み、独自の「油の完成形」という哲学を生み出した。インドとも東南アジアとも異なる、境界線上に生まれた料理文化だ。

1995年にヤンゴンで食べたチキンカレーの皿の縁に浮いていた赤い油の意味を、30年後にようやく言葉にできた。あの油は脂っこさのサインではなく、完成のサインだった。スパイスと肉の旨味が油の中に凝縮した、ミャンマーの料理哲学の結晶だった。


ミャンマー料理の全体像—モヒンガー・ラペトゥ・スィーピャンが形成する独自の食文化—は「ミャンマー:スィーピャンと油の記憶」で論じている。スパイスが東へ向かって消えていく過程は「カレーの果て」を参照。

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