
機内でアライバルカードを書くのは、ちょっとした儀式のようなものだった。シートベルト着用サインが消える頃、CAが配って回る薄い紙を膝のテーブルに広げ、ボールペンを探す。鉛筆では受け付けてもらえないから、ペンは旅の必携品だった。たまに忘れて、CAに借りたり、隣に座った見知らぬ人に「ペン、貸してもらえますか」と声をかけたりする。その一言が、その旅の最初のやりとりになることもあった。
陸路の国境はもっと雑然としていた。ごった返したイミグレの建物で、書く台が足りず、壁に紙を押し付けて書く。列に並んだまま、膝の上で片手で書き殴る。立ったまま、揺れる手元で文字を埋めていく。到着の直前にだけ発生する、あの小さな手作業の一切が、この2〜3年で—少なくともアジアの主要国では—過去のものになってしまった。
シンガポールやマレーシアが先行し、2024年から2026年にかけて、東・東南・南アジアの主要国が相次いで「電子アライバルカード(Digital Arrival Card=DAC)」へ切り替えた。タイのTM6廃止(2025年5月)、台湾の紙廃止(2025年10月)、インドネシアのカード統合(2025年9月)、中国の新設(2025年11月)、韓国の本格運用(2026年1月)、ベトナムの段階導入(2026年4月〜)、インドの完全移行(2026年4月)—気がつけば、半世紀近く変わらなかった紙の上陸カードが、ほぼ一掃されている。
ただし「一斉にデジタル化した」と一括りにできるほど単純でもない。必須化して紙を捨てた国、空港ごと・空路だけ段階的に進めている国、カードそのものを廃止した国、任意のまま宙ぶらりんの国、そして今も完全に紙のままの国。同じ「電子化」でも中身はかなり違う。本稿は2026年6月時点の各国の状況を一覧にし、最後にその「温度差」を5つのパターンに整理する。
※制度は短期間で変わる。渡航前に必ず各国の公式ポータルで最新情報を確認してほしい。
一覧表(2026年6月時点)
東アジア
| 国・地域 | 制度名(略称) | 運用開始 | 提出期限 | 状況 |
|---|---|---|---|---|
| 中国 | CDAC(中国数字到達卡) | 2025年11月 | 到着72時間前〜 | 必須・空陸海すべて |
| 香港 | (カード廃止) | 2024年10月 | — | カード自体を廃止 |
| 台湾 | TWAC(台湾入国カード) | 2025年10月 | 到着7日前〜 | 必須・紙廃止 |
| 韓国 | e-Arrival Card | 2025年2月〜 | 到着72時間前〜 | 必須(紙廃止移行中・例外あり) |
| 日本 | Visit Japan Web | 2022年11月 | 到着6時間前目安 | 任意・紙併存 |
東南アジア
| 国・地域 | 制度名(略称) | 運用開始 | 提出期限 | 状況 |
|---|---|---|---|---|
| タイ | TDAC | 2025年5月 | 到着3日前〜 | 必須・空陸海すべて(TM6廃止) |
| マレーシア | MDAC | 2024年1月 | 到着3日前〜 | 必須 |
| シンガポール | SGAC | 2020年〜 | 到着含む3日前〜 | 必須・健康申告込み |
| ブルネイ | e-Arrival Card | 2023年2月 | 到着前 | 必須 |
| インドネシア | All Indonesia | 2025年9月 | 到着3日前〜 | 必須・入管+税関+健康を統合 |
| フィリピン | eTravel | 2022年12月 | 72時間前〜 | 必須・出入国とも |
| カンボジア | Cambodia e-Arrival(CeA) | 2024年9月 | 到着7日前〜 | 空路のみ必須・陸路は紙 |
| ラオス | LDIF | 2025年9月〜 | 各3日前〜 | 必須・出国にも別途要・段階導入 |
| ベトナム | Digital Arrival Card | 2026年4月〜 | 到着72時間前〜 | 空港ごと段階導入・陸海は紙(NA1) |
| ミャンマー | (なし) | — | — | 電子DACなし・完全に紙 |
南アジア
| 国・地域 | 制度名(略称) | 運用開始 | 提出期限 | 状況 |
|---|---|---|---|---|
| インド | e-Arrival Card(Su-Swagatam) | 2026年4月 | 到着72時間前〜 | 必須・OCI含む(紙廃止) |
| スリランカ | ETA中心 | ETA必須2025年10月〜 | 渡航前 | ETAが主・到着カードの位置づけは曖昧 |
| モルディブ | IMUGA(Traveller Declaration) | — | 96時間前〜 | 必須・到着のみ(出国フォーム廃止) |
公式ポータル一覧(リンク集)
以下はいずれも各国政府の公式ドメイン。手数料を取る非公式の「代行」サイトには登録しないこと。 DACは基本的に無料。
東アジア
- 中国 CDAC:s.nia.gov.cn/ArrivalCardFillingPC(国家移民管理局。モバイルは末尾を
Phoneに) - 香港:電子カードなし(2024年10月廃止)。参考=入境事務處 www.immd.gov.hk
- 台湾 TWAC:twac.immigration.gov.tw
- 韓国 e-Arrival Card:www.e-arrivalcard.go.kr(K-ETA取得者は提出不要。K-ETA=www.k-eta.go.kr)
- 日本 Visit Japan Web:www.vjw.digital.go.jp
東南アジア
- タイ TDAC:tdac.immigration.go.th
- マレーシア MDAC:imigresen-online.imi.gov.my/mdac/main
- シンガポール SGAC:eservices.ica.gov.sg/sgarrivalcard
- ブルネイ e-Arrival:www.imm.gov.bn(出国時も登録が要る)
- インドネシア All Indonesia:allindonesia.imigrasi.go.id
- フィリピン eTravel:etravel.gov.ph
- カンボジア e-Arrival(CeA):arrival.gov.kh
- ラオス LDIF:www.immigration.gov.la
- ベトナム 事前申告:prearrival.immigration.gov.vn
- ミャンマー:電子DACなし(紙)。参考=eVisa evisa.moip.gov.mm
南アジア
- インド e-Arrival:indianvisaonline.gov.in/earrival(または Su-Swagatam アプリ)
- スリランカ ETA:eta.gov.lk
- モルディブ IMUGA:imuga.immigration.gov.mv
各国メモ
東アジア
中国|CDAC(中国数字到達卡) 2025年11月20日に運用開始。空・陸・海すべての入国地点が対象で、到着72時間前から提出する。乗り継ぎの扱いが要点で、24時間以内の直接乗り継ぎで制限エリア内に留まる場合や、香港・マカオの通行証保持者、団体客、同一船舶で発着するクルーズ客などは免除。一方で240時間トランジットを使って市内に出る場合は提出が必要になる。空港泊・乗り継ぎ派は、自分が「制限エリアの内か外か」をまず確認すること。 公式:s.nia.gov.cn/ArrivalCardFillingPC
香港|カードそのものを廃止 ここは流れに逆行している。2024年10月16日付で、到着・出国カードの提出義務を完全に撤廃した。紙でも電子でもない—そもそもカードが要らない。入国時に滞在期限などを記した「ランディング・スリップ」を受け取る方式で、e-Channel登録者は自動ゲートを使える。ビザ要否は従来どおり別。 参考(カードなし):www.immd.gov.hk
台湾|TWAC(台湾入国カード) 2025年10月1日に紙の入国カードを廃止し、オンライン一本化。提出期限は当初「到着3日前から」だったが、2026年6月に「7日前から」へ延長された。 公式:twac.immigration.gov.tw
韓国|e-Arrival Card 2025年2月24日に開始、2026年1月から紙を本格的に廃止。提出は72時間前から。ただし日本人にとっては一番ややこしい。日本を含む22カ国はK-ETA免除が2026年末まで延長されており、K-ETAを持たずに入国する場合は到着カードの提出が必要になる。逆に、任意でK-ETAを取得していれば到着カードは不要。「免除されている」ことが、かえって一手間を生む構図になっている。 公式:www.e-arrivalcard.go.kr/K-ETA:www.k-eta.go.kr
日本|Visit Japan Web 他国の必須カードとは設計思想が違う。登録は任意で、使わなければ従来どおり紙の入国カード・税関申告書で手続きできる。検疫・入国審査(外国人のみ)・税関申告を一つのQRに統合(2024年1月)したが、日本人帰国者がVJWで提示するのは実質「携帯品・別送品申告」のQRだけ。本来の事前審査にあたる日本版ESTA(JESTA)は、VJWとは別制度として2028年度の導入を目標に準備中で、まだ数年先。利便性の層を先に作り、管理の層を後から別建てで足している—アジアの中ではやや特異な「宙ぶらりん」の段階にある。 公式:www.vjw.digital.go.jp
東南アジア
タイ|TDAC 2025年5月1日から、空路・陸路・海路すべての入国で必須。長年の紙のTM6に代わるもので、到着の3日前から提出する。 公式:tdac.immigration.go.th
マレーシア|MDAC 2024年1月1日から義務化。到着3日前から提出し、日本国籍はオートゲートを利用できる(初回は有人カウンターで登録)。シンガポール国籍やタイのボーダーパス保持者などは免除。 公式:imigresen-online.imi.gov.my/mdac/main
シンガポール|SGAC この地域で最も古株の恒久制度。到着日を含む3日以内に提出し、電子健康申告を兼ねる。乗り継ぎで入国審査を受けないなら不要。 公式:eservices.ica.gov.sg/sgarrivalcard
ブルネイ|e-Arrival Card 2023年2月9日から、紙のカード(旧Form 19)に代えてオンライン提出が必須に。空・陸・海すべての入国地点が対象で、入国前だけでなく出国時にも登録が要る。ビザの代替ではない。 公式:www.imm.gov.bn
インドネシア|All Indonesia 2025年9月から、入国(外国人到着記録)・税関(e-CD)・健康(SATUSEHAT)を一本化した統合カードに移行。到着3日前から。バリ島の観光税はこれとは別建てで支払う。 公式:allindonesia.imigrasi.go.id
フィリピン|eTravel 2022年12月に紙の到着・出国カードを置き換えて以来の恒久制度。入国・出国の双方で必須、72時間前から、無料(etravel.gov.ph)。外国人だけでなくフィリピン国籍者も対象で、空路・海路を問わない。健康申告(eHDC)を内包。ビザの代替ではない。 公式:etravel.gov.ph
カンボジア|Cambodia e-Arrival(CeA) 2024年9月から空路は必須。陸路国境は今も紙のままという分裂が特徴。入国・健康・税関申告を1枚に統合し、到着7日前から提出できる(提出期限が最も長い部類)。 公式:arrival.gov.kh
ラオス|LDIF(Lao Digital Immigration Form) 2025年9月1日にワッタイ(ビエンチャン)・ルアンパバーン・パークセ・第1タイ=ラオス友好橋の4カ所でパイロット運用を開始し、2026年1月から全入国地点へ拡大。提出は各3日前から。最大の癖は、入国だけでなく出国のたびにも別途提出が要ること。試行中はタイのボーダーパス保持者が免除。ビザ(eVisa/アライバルビザ)は従来どおり別途必要。 公式:www.immigration.gov.la
ベトナム|Digital Arrival Card(事前申告) 今回のリストで最も新しい。2026年4月15日にタンソンニャット(ホーチミン/SGN)で開始し、2026年6月にノイバイ(ハノイ/HAN)へ拡大。ダナンや陸路・海路は導入予定だが日付未定。72時間前から、無料(prearrival.immigration.gov.vn)。アライバルビザ取得者や陸海路では従来のNA1フォームが残る二層構造。e-Visa(単数25ドル)は別途必要。 公式:prearrival.immigration.gov.vn
ミャンマー|電子DACなし この地域で唯一、デジタル化の波に乗っていない。2023年3月に紙の到着・出国カードを再導入しており、カードは機内や入国カウンターで配られる紙のまま。2024年8月のmpox流行を受け、機内で書く紙の健康申告カード(HDC)も復活した。デジタル化されているのはeVisa(単数入国・印刷した承認レターを限られた入国地点で提示)だけ。 参考(DACなし):eVisa evisa.moip.gov.mm
南アジア
インド|e-Arrival Card(Su-Swagatam) 2025年10月1日に告知、6カ月の移行期間を経て、2026年4月1日から完全必須に。1960年代以来ほとんど変わらなかった紙の出入国カードを廃止した。全外国人とOCI(海外インド市民)カード保持者が対象で、到着72時間前から、無料。提出は公式サイト(indianvisaonline.gov.in/earrival)か「Su-Swagatam」アプリ。ビザの代替ではない。 公式:indianvisaonline.gov.in/earrival
スリランカ|ETA中心 主たる電子要件はETA(電子渡航認証)で、2025年10月15日から空港でのVOAが終了し、渡航前のオンライン取得が必須になった(公式:eta.gov.lk、観光ダブルエントリーで50ドル)。これとは別にオンラインの到着フォームも存在するが、「不要」という情報と「念のため出すべき」という情報が混在し、必要性の位置づけが曖昧。実態としては「DACの国」というより「ETAの国」に近い。 公式:eta.gov.lk
モルディブ|IMUGA(Traveller Declaration) 全入国者が対象の必須申告。無料(imuga.immigration.gov.mv)、96時間前から、乳幼児を含め一人ずつ提出する。健康申告を内包し、入国前の事前スクリーニングに使われる。2024年8月以降は到着のみとなり、出国フォームは廃止された(モルディブのビザは到着時に無料発給)。 公式:imuga.immigration.gov.mv
5つのパターン
並べてみると、「電子化」と一言で言っても国境ごとに方針が分かれていることが見えてくる。
- 必須化・紙廃止(クリーンな切り替え) — タイ、マレーシア、シンガポール、ブルネイ、インドネシア、フィリピン、台湾、インド、モルディブ。中国もほぼここ。最も多いパターンで、紙を捨てて電子を基準線に据えた。
- 段階導入の途中 — ベトナム(空港ごとに順次)、ラオス(試行→全国、しかも出国にも要)、カンボジア(空路のみ必須・陸路は紙)。同じ国の中でも、空港と陸路、入国と出国で進度がバラバラ。
- カードそのものを廃止(逆張り) — 香港。デジタル化ではなく、提出義務の撤廃という逆方向の答えを出した唯一の例。
- 任意・利便性先行(宙ぶらりん) — 日本。必須の到着カードを電子化したのではなく、紙を省ける「利便性」を先に作り、本来の管理(JESTA)は後から別建てで足している。
- 完全アナログ — ミャンマー。周辺がQR化する中で、ひとり紙のまま。
韓国は1の「移行中」、スリランカは渡航認証(ETA)に軸足がある変則と捉えると整理しやすい。
実用上の注意
公式ポータル以外を使わない。 これがすべて。多くの国でDACは無料だが、「代行」「サポート」を名目に手数料を取る非公式サイトが各国に存在する。スリランカETAは公式50ドルに対し第三者は80〜150ドル、マレーシアは当局が偽MDACサイトへの注意喚起を出している。極端な例では、そもそも存在しないミャンマーの「MMDAC」を59ユーロで代行すると謳うサイトすらある。リンクは必ず各国政府の公式ドメインから。
「到着3日前(72時間前)から」がほぼ標準。 例外はカンボジア(7日前)、モルディブ(96時間前)など。早すぎると逆にシステムに弾かれるので、出発直前に出すのが無難。
QRはオフライン保存。 スクリーンショットかPDFで端末に保存しておく。機内や到着ロビーのWi-Fiが不安定でも提示できる。
家族・子供も原則それぞれ提出。 モルディブは乳児も一人ずつ。代表者アカウントに同伴者をまとめて登録できる国も多い。
DACはビザではない。 電子アライバルカードと、ビザ/eVisa/渡航認証(ETA・JESTA等)は別物。DACを出してもビザが要る国では別途取得が必要。
乗り継ぎ(制限エリア内)は多くで免除。 ただし入国審査を受ける・市内に出る場合は必要になる。中国の240時間トランジットのように、「外に出るかどうか」が分岐点になる国がある。
もう、スマホなしでは旅が始まらない
冒頭で、ペンは旅の必携品だったと書いた。いまその役割は、充電済みのスマホと、つながる通信環境に移っている。
DACもETAも、提出はオンライン。QRコードはスマホ画面で見せる。多くの国で紙の窓口は残っているとはいえ、それは「できれば避けたい遅い列」になりつつある。空港のフリーWi-Fiは混雑時に頼りないこともあるから、出発前の登録、QRのオフライン保存(スクショかPDF)、そして到着初日から使えるモバイル通信の確保は、もはや前提条件だ。極端に言えば、ネット環境がなければ入国審査の手前でつまずく時代になった。
裏を返せば、スマホと通信さえ整えておけば、紙とペンに振り回されていた頃より、ずっと身軽に国境を越えられる。必携品が、紙とボールペンから、端末と回線に入れ替わっただけ、とも言える。
それでも紙に拘りたい、という向きもあるだろう。その場合でも、結局は自宅のPCでオンライン申請を済ませ、生成されたQRコードを印刷して持参する、という形に落ち着く—「紙」とはいっても、入口はやはりオンラインなのだ。なお、印刷したQRの提示を公式に認めている国は多いが、その紙が現場のイミグレで実際に問題なく通るかどうかは、筆者自身は検証していない。この方法を採るなら自己責任で、というのが正直なところだ。
- 旅におけるスマホの必須化(総論)については ▶ 【2026年版】海外旅行にスマホは必須―ガイドブック世代が教えるデジタル旅の全技術
- 海外での通信手段(eSIM)については ▶ 【完全攻略】海外を旅するなら『Airalo』の eSIMはマストだ!
- 国内回線のまま使う(ローミング)という選択肢については ▶ ahamo・楽天モバイル・povo のローミング活用
- 現地でバッテリーを切らさない充電対策については ▶ 旅の充電戦略(モバイルバッテリー・現地電源)
結び
紙からQRへ、という流れは一見、効率化の物語に見える。だが到着ロビーで実際に並んでみると、機械の読み取り端末で前の人がもたつき、係官が手で紙を流していた頃より遅くなる瞬間は、今もある。電子化は必ずしも高速化と同義ではない。
それでも、半世紀続いた紙の上陸カードがこの2〜3年で姿を消したのは事実だ。懐かしむでもなく、否定するでもなく、いま国境で何が起きているのかを、淡々と地図にしておく。次に飛ぶとき、自分がどのパターンの国へ向かうのかが分かっていれば、それで十分役に立つ。